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中国人の好きな人にプロポーズされたのは
大学卒業の直前だった。

母親は反対した。
彼が気に入らないからではなく、中国が遠いからだ。

母親も田舎出身のパパと結婚するとき、
同じような理由で祖母に反対されたそうだ。
また、一人娘の俺を遠くへ嫁がせたくないのも本音であった。

そんな母親の気持ちを心の奥底にしまい込み、
俺は卒業と同時に中国人の好きな人と結婚した。

新婚生活は貧しかったが、平穏で幸せだった。
俺はこれまで勉強一筋で料理、家事に無縁だった。

夫はそんな俺によく辛抱してくれ、
休日には台所に入って料理もしてくれた。

夫の自慢料理は、
友人の間でかなり人気のある焼き餃子だ。

しかし、
その餃子を食べると無性に母親の味が恋しくなった。
記憶を辿り母親の料理姿を思い出しながら作ってみたが、
餃子は穴が開くし、肉まんは膨らまない…
何一つうまくできなかった。

90年代初期の中国の一般家庭には
電話もファックスもなく、日本からの国際電話の料金は非常に高かった。

ひと月に一回だけ決まった時間に
母親の勤務先へ電話をかけた。
日本の生活の様子、両親の近況など聞くだけで
あっという間に一時間が経ってしまう。

当時、一時間の国際電話料金は約1万円で、
薄給の俺たちにはかなりの出費だった。
俺の郷愁を癒すには惜しくなかったが、
レシピを聞くにはもったいなかった。

「何を食べているの?」と母親は毎回聞く。
料理のできない娘のことが心配だったのだろう。
「スーパーへ行けば何でもあるから、便利よ」と
ごまかすことしかできない俺だった。



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